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2018年5月24日 (木)

思考訓練の場としての写真 #18 れたっち

アマチュアカメラマンの先輩から聞いた話です。

写真クラブ内での写真講評会があって、ある会員の方が素晴らしい写真をお見せになったそうです。
花が満開の桃の木々と南アルプスの山並みが見事に写っている写真だったそうです。他のメンバーたちが褒めつつ、何時撮ったのかと聞くと、昨年に写真クラブのメンバーと一緒に撮影ツアーに行った時のものだとのこと。
それなら私たちも一緒に撮ったけど、こんな場所あったかなぁという話になったそうです。皆が撮った時には、桃の木にはみんなワイヤーで支えがあったのですが、それが全く無い写真だったからです。

その会員が言うには、桃の木を支えていたワイヤーは一年かけて、全てパソコンの画像加工ソフトを使ってレタッチで消したのだそうです。

先輩が言うには、その写真クラブではレタッチ禁止となってないから別にオッケーだけれども、複雑な気持ちになったそうです。

私もこの話をお聞きして、色々と考えさせられました。確かに桃の木の支えのワイヤーが無い方が美しいと私も思いますし、消したくなるのも分かります。また、コンテストとかに出すのでなければ、写真に作成基準がある訳ではありません。
私は写真は自由なものだと思っています。したがって、そこは個人の選択の問題であり、個人の自由だと思います。

ただ、私は基本的にレタッチはしません。RAW現像する時に露出や色彩の調整、トリミングまではしますが、邪魔になるモノを消すようなことはしません。何故なら、そういったモノがあるというのは現実ですから。

勿論、撮影の時に余分なモノやヒトを極力入れないように努力はします。主題や副題をより良く表現するには、余分なモノは無い方が良いと思っています。でも、どうしても入ってしまうものはしょうがないと思って、諦めます。それも現実だから。

余分なモノが入ってしまったら、私は「残念な写真と言われても仕方ない」と諦めます。大袈裟に言うと、「残念な写真」も含めて、それが私の人生の一部だと思っていますから。むしろ「残念な写真」という現実を受け入れることで、前向きに進んで行けるような気がします。

皆さまには私の「残念な写真」をそのままお見せすることも多いと思いますが、こんな私ですのでご容赦くださいませ。

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