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2018年11月27日 (火)

思考訓練の場としての写真 #31 こうじょうしん

年をとっても「向上心」を持ち続けている人は若さが保てるらしい。
確かに高齢にも関わらず目標に向かって頑張っている人は、とにかく元気だ。


翻って私はどうかと言うと、恥ずかしながら、最近、向上心らしきものがどんどん無くなっているのを感じる。
「今更、努力しても無理だ」というあきらめの気持ちが強い。

自分でも「これではいけない」と思っている所もある。何か趣味でも何でも良いので、頑張るものが必要だと思って「写真撮影」をやっている部分が正直ある。


そう思ってやってる写真撮影の趣味が、結果的には、結構、私には合っているようだ。
勿論、「写真自体が好き」なのが一番の理由なのだが、写真撮影には「競争していく」部分が少ないのが、自分の性分に合っているようなのだ。

他の趣味だと、例えばゴルフとかスポーツ関係だと、どうしても勝ち負けみたいな所が出てくる。
ランニングとかでは、タイムが目標になって、それ自体が自分との勝負みたいな感じになる。結果もシビアに数字で現れるものが多い。

文科系のものでも、やれ資格とか検定とかを目標にしたり、学校に通ったりする人も多くいらっしゃるが、私は今更、試験で自分を評価されたくない。
半世紀以上も他人に評価され続けた人生に飽きがきている。
人様から認知されなくても良いが、評価されたくも無い。

要するに、この年(老人)になれば、自分で自分を評価し、行動も結果も全部自分だけで背負うものだと思うのだ。
だから、できる限り自分を客観的に見て、自分で評価し、出来なかった悔しさをモチベーションにして、向上心を燃やすようにしている。


こういう態度が良いのは、他人と比較するのではなく、他者の基準で無い、自分自身が感じた基準で自己評価し、本当に自分自身で良いと思えるものだけをつくっていこうという気持ちになれる所だと思う。

こういう態度なので、他者からの評価でマイナスの気持ちになる事は全く無い。プラス思考だけしかなく、ストレスが無い。

逆に、他人からの意見も良く聞くようにしている。最後に何が良いかを決めるのは、あくまで自分自身なので、むしろ素直にアドバイスを聞けるようになったと思う。


写真が趣味の人で、コンテストに応募して入選を目指す方も多い。
でも私は、応募して評価を受ける事があっても良いと思うが、入選が目的になったら、本末転倒の様な気がするのだ。
本当に自分が撮りたいものでは無く、他人に受けそうな写真、選者が気に入りそうな写真を撮るようになっては詰まらないと思う。


結局、どうやって「向上心」を燃やし続けるのかということかも知れない。若い時には有った「勝ちたい」とか「名誉を得たい」とか「認められたい」いう気持ちが消えてしまったら、後は自分自身が設定した高みを目指して、自由にストレスなく頑張るのが、人生の最終盤での幸せに繋がるように思うのだ。


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