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2018年12月19日 (水)

思考訓練の場としての写真 #36 せんたく

自分が撮った写真の中から「この写真が良い」と思って、ブログに載せる写真を選んでいるのだが、この「良い」の基準がありそうで無いので困っている。

「自分の評価基準でしょ!」「どうして自分の事なのに分からないの?」と言われそうなのだが、本当にそうなのだ。


そもそも全部、自分が撮った写真なのだから、全ての写真に思い入れがある。だから選ぶとなると、中々困るのだ。


失敗作はすぐに分かるので削除する。これは簡単だ。ただし、自分では失敗と思っていない駄作は排除できない。

後は比較の問題になって来る。

派手で印象的なモノの方が、ぱっと見は良いような気がするが、自分で段々と飽きてきて、やっぱりダメだなぁと思うことが多い。

逆に、暗くて地味なモノの方が自分の好みに近いので、選びたくなるのだが、人様が見ても絶対に受けないだろうなぁと思って、やめてしまう事もある。

自分の選択基準だと言いながら、結構、人様のことが気になるのだ。


自分のお気に入りの写真でも、よく見ると欠点があったりする。

たとえば、主題のピントが甘いと、それだけで順位が下がっていく。(当たり前か)
構図やピントなど全てが完璧な写真がなかなか無いのだ。いわゆる一長一短というやつだ。

その日の体調や気分によっても、選ぶものが変わるような気がする。
昨日と今日で選ぶ写真が違うことがある。

仕方なしに「一か八か」で選んでいるような時がある。


「甲乙つけがたい」という事では全く無くて、「どんぐりの背比べ」であるのは間違いない。

対象となる写真グループのレベルが絶対的に低いという事は認めよう。

でも、たとえ低いレベルの写真グループであっても、その中の個々の写真には相対的な差はあるはずだと思うのだが・・・。


結局、選択の拠り所となる美的基準が、自分の中で確立していないということのようだ。

もっと感性を磨かないと「どうもならん」ですね!


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コメント

今晩は。遅ればせながらコメントさせていただきます。
たっきんさんが「思考訓練」として写真の価値観、美的観点の話をされ、また悩んで
おられることは突き詰めていきますと、哲学上の「価値論」と同じものではないでしょ
うか。‥‥「価値」の存在性格そのことは古より大きな哲学命題でした。しかし今もっ
てこれをおさまりよく意味を確定させるには至っていないと思います。近世で最も有
名なものはかのイマニュエル・カントが「判断力批判」の中で、人間の美的判断力の
根拠を問う命題を展開したものです。そして極めてざっくりと大雑把にまとめれば、
美的判断力は人間にアプリオリに(何となくひとりでに)具わっている「感覚」に基づ
いて、その感覚がどこから来るかということになると何処にも遡りようがないとしてい
るのです。「〇〇は綺麗だ」と感じるのはあくまでも個人の判断に依拠するもので、
主観的なものであって客観的な根拠などないということです。
たっきんさんの問題に置き換えれば、「写真の良さ」の判断根拠は有りそうで無い
(絶対的な基準は無い)ものだということになるのでしょう。‥‥したがっておっしゃ
る通り、ただただ自分の感性を磨いていく以外にないということでしょうね。

いつもコメントをありがとうございます。
平戸さんのコメントは本当に勉強になりますし、おっしゃることが僭越ながら私に合うように思います。

少し話がずれるかもしれませんが、「美しい」と感じることがどういうことか、ずっと考えています。
私の大好きな橋本治さんの『人はなぜ「美しい」がわかるのか (ちくま新書)』の本では、
『この世のありとあるものは 、ありとあるものの必然に従って 「美しい 」のです 。 「ありとあるものの必然 」とはなんでしょうか ? 「ありとあるものは 、人間の都合と関係なく存在している 」ということです 。』
『人間は、「自分の存在を自分で作って行く」を必要とするものです。である以上、利己的にならざるをえません。自分は自分で、他の誰でもないからです。人間の「利己的」は「自分の存在を作る」の上にあって、である以上、そんな人間が自分の外部に「美しい」と思われるものを発見して、「無能でないとは、あのように調和的で、他から超然としていて、自分の存在を自分の存在として十分に発揮していることなんだな」と学習することは、全然悪いことじゃないと思います。』と述べておられます。
難しい表現が続く本なので、私には理解不能の部分が多々ありますが、凄く得心している所もあります。

美しいと感じていくことで、自分が成長出来たらと思っております。

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