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2020年2月13日 (木)

高野山で考えたこと その2

年を越す時にはいろいろな事を考えます。

この歳になりますと尚更です。

まず、ここまで生きてこられた事の感謝とこの先の時間の短さを考えます。

 

でもそれ以上に考えたのは「諦観」という事です。

 

この歳になっても、私にはあらゆる事への様々な執着があります。

でも、少しずつ自分の中で変化していくのを感じています。

 

何が生きることの本質なのかがわかった訳でもなく、わかったつもりでも無いのですが、本質を知りたいと思う気持ちが年々強くなっているような気がするのです。

 

それとともに執着している事の虚しさを感じることが多くなってきました。

くだらない様々の事に執着することをやめて、生きることの本質は何かを考えたい、それが諦観と呼ばれるものでは無いかと思うようになりました。

 

だから、年越しとともにその事を考えたいと思って、聖地に参りました。

日常で無いところでしか考える事ができないことがあるような気がして。

 

聖地に入る門にやってきました。

 

大門[だいもん]です。

高野山の総門であり、結界のシンボル。左右には金剛力士像が安置されています。

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ありがとうございました。

 

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