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2020年7月26日 (日)

高野山で考えたこと その45

高野山の奥の院から歩き続けて、ようやく女人堂の近くまでやってまいりました。

折り畳み傘が小さかったので服はびしょ濡れになりましたが、歩いていたせいか、そこまで寒くはありません。

 

ほとんど何も考えずに無心で歩きました。

それでも辺りの光景を美しく感じるだけの心のゆとりはあったように思います。

 

忙しい時や大変な時は、心のゆとりが無くなって、辺りの光景は目に入らなくなるものです。

でも不思議と高野山では、雨に打たれて身体が辛くても、心には余裕がありました。

何故か護られている安心感がありました。

 

感謝の気持ちで写真を撮影させていただきました。

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最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

 

 

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