日記・コラム・つぶやき

2018年12月13日 (木)

思考訓練の場としての写真 #35 記録より記憶

往年のプロ野球選手で、成績としては歴代記録には残らなかったけれども、ここと言うチャンスには強かった選手が「記録」よりも「記憶」に残る選手として讃えられることがあります。

それとは全く関係の無い話ですが、私も「記録」よりも「記憶」なのです。


何の話かと言うと、やっぱり写真の話です。

記録として写真撮影をされる方は大勢いらっしゃいます。

例えば、旅の写真でも、
記録を重視される方は克明に撮影場所や撮影日時を確認して、ブログに掲載する時でもキチンと写真に併せて注釈で撮影日時や場所を書かれたりしています。
ちゃんと、旅の記録として写真を残し、後から参照できるようにされてます。


私は根がズボラなのもあって、写真を記録として残す気があまり無いのです。

記録というよりも、
記憶に残ったいわば「心象風景」として、写真を残したいと思っています。
それが、「記憶」としての写真と言う意味です。


頭の中に浮かぶ過去の光景。

遠い過去の光景だと、もはや現実に見た光景なのか、夢でみた光景なのか、区別がつかない事がありませんか?

何時の光景なのかも忘れてしまってるけれども、何故か心の中に浮かぶ、印象的な光景。

そんな記憶に残る、印象的な光景を写真に残したいと何時も思っています。

そんな写真が撮りたいなあ・・・。


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2018年12月12日 (水)

思考訓練の場としての写真 #34 そんけい

趣味で写真撮影を始めてから、人様の写真の見方が変わりました。

それまでは、雑誌やネットで素晴らしい写真を見ても、素晴らしいとか美しいとか思って感心するだけでした。

でも、自分で写真を撮るようになり、「素晴らしい写真を一枚撮るためにはとんでもない苦労がある」というのが想像出来るようになって、感心するだけでなく、撮ったカメラマンへの尊敬の気持ちが大きくなりました。


私ごとき、インチキのアマチュアカメラマンですら、良い写真を撮る為には、早起きをして、寒い中をじっと夜明けが来るのを待ったりするのです。
いわんや、素晴らしい写真を撮ったカメラマンは、例えば、悪天候の日々をひたすら耐えて、何度も無駄足を踏んだ上で、ようやくの事で、うまく朝日が輝くタイミングを捉えることが出来たのだと思うのです。

写す時だけでは無く、撮影条件の調査から適切な資材の準備、気候条件の研究などなど、様々な作業も行った上での撮影に違いありません。
写した後もそうです。現像からプリントまで、細部に渡って調整作業を行なって、時間をかけて漸く一枚の写真を完成させるのでしょう。


今は、出来る限り、人様の写真を拝見する時は、じっと、時間をかけて見るようにしています。

そしてその人の写真の世界にどっぷりと浸かるような気持ちで拝見するようにしています。
そうする事がその写真への何よりの御礼であると思っています。


ハイアマチュアのカメラマンの方々は、そんな素晴らしい写真を惜しげもなくネットに公開し、私たちは無料でその写真を見る事が出来るのです。
何と幸せな事でしょうか。こんな世の中に感謝です。


ちなみに私の写真は出来るだけ、気楽にみてくださいね。
私は写真に関する時間は全て楽しく、苦労と思った事がありません。

写真の時間はいつでも楽しい気持ちしかありませんので、見る方にも同じように写真を楽しんでいただけたら、それだけで幸せです。


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2018年12月 4日 (火)

思考訓練の場としての写真 #33 けいぞく

継続は力なりと言います。

私は、趣味の「写真撮影」は長く続けていこうと思っています。
だから、上達する為にも、毎日とはいきませんが、毎週1回程度はコツコツと撮影に行こうと思っています。
本当は毎日でも撮りに行くぐらいでないといけないのでしょうけど、私の場合はとてもそこまでは出来ません。

何事も継続するのは大変です。
その道でプロレベルになる為には、何年も何十年も、毎日コツコツとやり続ける事が必要なのだと思います。

その間、スランプになる事もあるでしょうし、身体の不調もあるでしょう。
そういった事に耐えて、続けられる人が一流になるのだと思います。


私も二流ぐらいには成りたいので、「できる限り撮影に行くぞ」とここで宣言したいと思います。

でも、へそ曲がりの私は、一方で、その先の「写真をやめる時」の事も考えています。

やめる時は、何と無くやめるのではなく、はっきりと「やめる」のを決心してから、やめたいと思っています。
何故なら、その方がカッコいいと思うから。

スパッとやめて、カメラやレンズも全部売り払って、「今日から写真はやめました」と言う日が来る事を想定しながら、その日が来るまでは全力を尽くします。


やめる時の理由も想定しています。「体力、気力の限界」、それを感じたら、みずから、すぱっとやめます。
その前に「カネの限界」が来るかも知れませんが・・・。


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2018年11月29日 (木)

思考訓練の場としての写真 #32 シニカメのたしなみ

私はスマートでカッコイイ「シニア世代のアマチュア・カメラマン(略して、シニカメ)」になりたいと思っています。
そこで、スマートなシニカメの嗜み(たしなみ)を考えることにしました。
私が考えるカッコいい姿ですので異論反論があると思います。ご寛容くださいませ。

ひとつ。

大好きなSL(蒸気機関車)など、撮りたいものが目の前に来ても、こどもよりも前に出ない。
人様より先に前に出て写真を撮るような、大人げ無い事はしない。
シニアの余裕で、場所は譲って、後ろの方から写真撮影をします。
「撮れないときは潔く諦める事」と常々自戒しております。


ふたつ。

カメラを持ってうろうろしている内に「こけない」こと。滑ったり、つまずいたりもしない事。
怪我をして痛いのは自業自得ですが、年寄りが怪我をするとあちこちに迷惑をかけます。
ちなみに私は、カメラを庇いながら転けて、お尻に怪我をしたことがあります。


みっつ。

出来るだけ、三脚は使わない。
三脚ほど、人様の邪魔になる物は無いように思っています。写真を撮らない人から見れば、尚更のことだと思います。
スローシャッターでの撮影でどうしても三脚が必要な時以外は、極力使わないようにしています。
いわんや、三脚で場所取りをするような事はしないようにしましょうね。


まだまだありそうです。
常に自分を戒め、みんなが気持ちよく写真撮影を楽しめる社会に貢献したいと思います。


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2018年11月27日 (火)

思考訓練の場としての写真 #31 こうじょうしん

年をとっても「向上心」を持ち続けている人は若さが保てるらしい。
確かに高齢にも関わらず目標に向かって頑張っている人は、とにかく元気だ。


翻って私はどうかと言うと、恥ずかしながら、最近、向上心らしきものがどんどん無くなっているのを感じる。
「今更、努力しても無理だ」というあきらめの気持ちが強い。

自分でも「これではいけない」と思っている所もある。何か趣味でも何でも良いので、頑張るものが必要だと思って「写真撮影」をやっている部分が正直ある。


そう思ってやってる写真撮影の趣味が、結果的には、結構、私には合っているようだ。
勿論、「写真自体が好き」なのが一番の理由なのだが、写真撮影には「競争していく」部分が少ないのが、自分の性分に合っているようなのだ。

他の趣味だと、例えばゴルフとかスポーツ関係だと、どうしても勝ち負けみたいな所が出てくる。
ランニングとかでは、タイムが目標になって、それ自体が自分との勝負みたいな感じになる。結果もシビアに数字で現れるものが多い。

文科系のものでも、やれ資格とか検定とかを目標にしたり、学校に通ったりする人も多くいらっしゃるが、私は今更、試験で自分を評価されたくない。
半世紀以上も他人に評価され続けた人生に飽きがきている。
人様から認知されなくても良いが、評価されたくも無い。

要するに、この年(老人)になれば、自分で自分を評価し、行動も結果も全部自分だけで背負うものだと思うのだ。
だから、できる限り自分を客観的に見て、自分で評価し、出来なかった悔しさをモチベーションにして、向上心を燃やすようにしている。


こういう態度が良いのは、他人と比較するのではなく、他者の基準で無い、自分自身が感じた基準で自己評価し、本当に自分自身で良いと思えるものだけをつくっていこうという気持ちになれる所だと思う。

こういう態度なので、他者からの評価でマイナスの気持ちになる事は全く無い。プラス思考だけしかなく、ストレスが無い。

逆に、他人からの意見も良く聞くようにしている。最後に何が良いかを決めるのは、あくまで自分自身なので、むしろ素直にアドバイスを聞けるようになったと思う。


写真が趣味の人で、コンテストに応募して入選を目指す方も多い。
でも私は、応募して評価を受ける事があっても良いと思うが、入選が目的になったら、本末転倒の様な気がするのだ。
本当に自分が撮りたいものでは無く、他人に受けそうな写真、選者が気に入りそうな写真を撮るようになっては詰まらないと思う。


結局、どうやって「向上心」を燃やし続けるのかということかも知れない。若い時には有った「勝ちたい」とか「名誉を得たい」とか「認められたい」いう気持ちが消えてしまったら、後は自分自身が設定した高みを目指して、自由にストレスなく頑張るのが、人生の最終盤での幸せに繋がるように思うのだ。


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2018年11月21日 (水)

思考訓練の場としての写真 #30 ぜっけいしゃしん

私は他の人が撮った写真を見ることも好きだ。
プロ写真家の写真集も何冊か持っているし、写真雑誌もよく買ってくる。

何より今はネットであらゆる種類の写真を見る事が出来る。プロの方のブログで作品を見たり、アマチュア写真家のブログやSNSでも素晴らしい写真を見る事が出来る。
多くの皆さんが惜しみも無く、素晴らしい写真をアップしている。
写真コンテストで入賞した作品は素晴らしいものばかりである。

特に写真雑誌の風景写真だと撮影した場所まで書いてくれている。撮った場所のアクセスガイドも付いている。


さて、ここからが本題である。

プロカメラマンやそれに準ずるカメラマンが一番良い季節の一番良い時間帯に写した「絶景写真」を見て、
私はどうして「同じ場所で写真を撮りたい」と思ってしまうのだろうか?

写真はすでに素晴らしいものを見ている。それ以上の写真を自分が写せるとも思っていない。断言できる。

でも、同じ場所に行って、写真を撮って見たい気持ちになるし、そう思う人が多いから、アクセスガイドまでつけた特集記事をやっているのだ。

まさにアマチュア写真家の心理を突いている。「自分で撮る写真」だから、良いのだ。

苦労して(?)自分で撮った写真は、どんなに下手でも、嬉しいものなのだ。いつまでも見ていられるものなのだ。
そして、ひょっとしたら、自分でもプロ写真家並みの写真が撮れるかも知れないとも思っているのだ。

冷静に考えれば、人様が既に撮った写真に似た写真を二番煎じで撮るよりも、人様が撮った事の無い場所で撮る写真の方が、余程、評価される可能性が高い。


こんな事を考えながら、「絶景写真」が撮られた場所を探している私がいるのでした。(笑)


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2018年11月20日 (火)

思考訓練の場としての写真 #29 しかられる

最近、ボーと生きてるなあと自分自身の事を思う。チコちゃんに叱られそうである。

せめて写真撮影の時ぐらいはシャキッとしようと思うのだが、どうも何も考えずに撮る事が多い。


撮った後の写真現像の時とかだと、比較的「ああしよう」とか「こうしよう」とか考えているのだが、肝心の撮影の時には、被写体に夢中でほとんど何も考えていない。

身体レベルで撮影技術が身についてる訳でも無いので、ど真ん中に被写体を入れて、ピントを合わせるのに必死になっている。


要するに、余裕が無いのだろう。落ち着いて、構図や光を計算しているどころではないのだ。
取り敢えず、被写体を取り損ねないようにシャッターを切っている。

最近のカメラは優秀だから、それでも写真は撮れる。更には現像時点で、トリミングして、露光や色彩を調整できる。

しかしながら、そんな事だから腕前が上がらない。全く申し訳ない次第である。
何に一番申し訳がないかというと、出来上がった写真に申し訳ない。


撮ろうという気持ちは出ていると思うのだが、「私の写真には何か足りない」気がする理由がそこにあるように思う。

「写真の主題を文章化して撮る」というプロ写真家の話を本で読んだ事があるが、そういう事なのかなぁとも思う。

「〇〇寺の紅葉」ではなくて、「木漏れ日を浴びた〇〇寺の紅葉が、一枚だけ輝いている姿」と言う事を頭に浮かべないと良い写真は撮れないのだろう。


という事で、反省だけなら猿でもできる訳で、実践していくしかないと思っている。


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2018年11月15日 (木)

X-E3を買いました。

「X-E3 / XF23mmF2 R WR キット ブラウン」を買いました。ブラウンは1000台限定だそうで、限定に弱い私は見事に落ちてしまいました。


買った理由は、私のメインカメラはpentaxK1なのですが、そのサブ機が欲しかったからです。

pentaxK1はとっても良いカメラなのですが、重たいのです。もちろんフルサイズの一眼レフカメラとしては特別に重たい訳では無いのですが、旅行に行く時なんかはやはり軽いカメラが欲しくなりました。
またスナップ写真を撮るときも、pentaxK1では威圧感がありすぎますし、持ち出すときも荷物になるので躊躇します。

その点、X-E3なら何処へでも連れて行けるサイズと重さです。


軽いということなら、最近はフルサイズのミラーレスカメラも各社から発売されて、選択肢も多くあります。でもフルサイズカメラのレンズは重たいものが多いし、価格も高いです。メインで使っていくなら、そちらにシステムごと移行していく手もあるのでしょうけど、pentaxK1をメインで使い続けたいと言う事で、フルサイズのカメラは選択肢から外しました。


その上で高品質の画像として評判の良い富士フィルムのカメラに決めました。
機種は、aps-cサイズの交換レンズ式の中で一番軽いX-E3に即断です。MINIMALISMとはよく言ったもので、シンプルで無駄がないカメラだと思います。

富士フィルムのカメラにしたもう一つの理由は、FUJIFILMのフィルムシミュレーションを使ってみたかったからです。特にモノクロームのACROSモードでスナップ撮影をしてみたかったのです。

私は普段からRAW現像をしており、RAW現像の作業が実は楽しいので、「Jpeg撮って出し」がしたいという訳ではありません。フィルムメーカーが設定した写真現像の仕上がりを勉強したいと思ったのです。フィルム時代の写真に近い「現像の焼き方」で、仕上がりとしてどう表現しているのかを自分が撮った写真で見てみたかったのです。


カメラと一緒にアクセサリーも購入しました。

ストラップは以前より使っていて、非常に使い勝手がいいピークデザインの製品の中から、Peak Design CUFF(ピークデザイン カフ)にしました。特徴は何と言っても本体とストラップの、簡単な取り外しができるアンカーと使わない時にはリストバンドとなる機能的な仕様です。でも実際には外してリストバンドにすることはなさそうですけど。

あまりに軽くて小さいので、カメラのホールド感を良くするために、「J.B. Camera Designs FUJIFILM X-E3専用グリップ付きウッドカメラベース」を付けました。ブラウンに木製のカメラベースが似合うと思いました。

そして仕上げは、マップカメラのソフトレリーズボタン「Kleine-クライネ-」を付けました。ソフトレリーズボタンはすぐに無くすことが多いので迷いましたが、感触がすごく良くなるので奮発しました。

ちなみにレンズフードも別売の専用フードをシルバーで揃えています。

まぁ、見事に形から入ってしまいました(笑)
という訳でこれからどんどんX-E3で写した写真をアップしますので是非ご覧ください。


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2018年11月 5日 (月)

AZURの写真展「LIFE」が開催されます。

2018年11月7日(水)〜11月12日(月)平日10:30〜18:30(最終日16:00まで)
リコーイメージングスクエア新宿 ギャラリーII 火曜定休 入場無料 にて
AZUR /PENTAX RICOH F.C. 湘南神奈川支部 の写真展 「LIFE」が開催されます。

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私も出展しております。東京近郊の方でお時間があれば、是非お立ち寄りくださいませ。

2018年8月23日 (木)

先に逝ってしまった人へ

よく言われる事ですが、失われて初めて、その存在の大切さに気付くことがあります。
古来より言い尽くされている事なのですが、本当にそう感じるので正直に言うしかありません。

失われる前までは、その存在が当たり前すぎて、永遠にそのままのような気がしていました。
当たり前すぎて、私が存在している間に失われることは想像できませんでした。

失われて初めて、心にぽっかりと穴が空いてしまったことに気付きました。
心に占めていた体積の大きさにびっくりしました。

私を構成している沢山のピースの中の一つが消えてしまったように感じます。
記憶は、今がどう変わっても変わるはずのないものと思っていましたが、違っていました。
今の存在が失われることで、記憶までが、私の体から流れ落ちる血のように、零れ落ちてしまいそうです。

零れ落ちた記憶は、私の心の底に沈殿し、もはや私のものでは無いようです。
私の意思とは関係なく、夢の中に出てくるものになってしまいました。

こうして、大切なものが一つひとつ、私の心の底に沈んでいくのでしょうか。
思い出と呼ぶにはあまりに不鮮明な、かつて私自身であったものたち。

最後には、小さくなった私の心を抱えながら、私は眠りにつくのでしょうか。

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